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神の力 その11

自分には高次に通じる部分があると認め、信頼すると決めたら、あと一つ大事な信頼点があります。

ハイヤー、インナーへの信頼=高次存在の目的を現実で体現する、自分自身への信頼です。

私は長年、「自信を持つ(自分を信頼する)」ということがよく解りませんでした。

『こんな何の力も魅力も能力もない自分の、ドコを信頼するんだろう?(絵が描けても、自分くらい描ける人間は山ほどいますので)』

『何か、人から評価される素晴らしい能力や、魅力を獲得してからしか、自分に自信なんか持てない!』

でもカジュに出会ってやっと、本当の自信のもちどころが、腑におちました。
それは私の「夢・希望・願望・欲望」の中にあったのです。

この「自信」は前回お話しました「私達の本当の望み=高次存在の望み」に由来します。

『そんな…自分の欲望が高次の望みなんて信じられない!?』

エゴイスト(利己主義)、自己中心という言葉があるように自分の欲望のまま行動することは罪であり、悪徳に上げられてきました。みんなが欲望のまま行動したら、社会秩序がなくなり、めちゃくちゃになるという恐怖。

自分の欲望を最優先に出来ない原因は、この自己中心ではいけないという社会通念です。

自己中心の欲望と、高次がもたらす欲望の差はなんでしょうか?

まず自分のどんな欲望も肯定してみて、その欲望がどこから来るものなのか、じっくり分析してみてください。
「宝くじに当たりたい」とか「痩せたい」「モテたい」「人に賞賛されたい」等など・・・表面的には俗っぽいと感じる願いの奥に、何が潜んでいますか?

お金をを得て、魅力を得て、その結果手に入る内容が、本当に望んでいることです。
その後その欲望を下のどれに当たるか、何となく分類してみてください。

① 「CMや社会の集合意識のサブリミナル的欲望か?」
  (新製品が欲しい、流行に後れる、限定品)

② 「エゴの欲望なのか?」
  (怖いから・・寂しいから、人の評価や愛を得たい、誰々に負けたくない、等)

③ 「親類など社会からのプレッシャーなのか?」(義理・人情・義務感・恥だから)

③ 「高次自己なのか?(楽しそうだから・大好きだからやろう)」

「エゴ欲望」は上記の①番、②番 ③番・・・・今すぐ実行しなければという急かされ感や焦燥の感情、或いはあんまりヤリタクない、だるい感じが付きまといます。

「高次自己からくる欲望」は、リラックスや、ワクワク感、時間を忘れて夢中になること、別にすぐにやらなくてもいいけど常に「したいな~」と思っていること。
(その、急かされない、まったり感が、いつまでも実行に移さない原因にも成っていますけど…(爆笑))
その代わりこの欲望は、しつこく繰り返し人生に現れます。

それがたとえ『だらだらしていたい』とか、『家で寝ていたい、休みたい』等でも、高次の導きであることがあります!(怠惰推奨ブログ(笑))

スピリチャルにハマっていた十代に・・・どこで読んだのかすっかり忘れましたが、私達人間は、全て奥底で支えあい、相互に関連しあい、繋がっているお話・・・「インドラの網」のイメージが、美しく記憶に残っています。

因陀羅網

今それをちゃんと調べたらこんなお話でした。

【仏教の華厳経のたとえ話の「因陀羅網(いんだらもう)」

帝釈天(インドラ)宮を飾るために、因陀羅網(いんだらもう)という大きな美しい網がかぶせてあり、この網の結び目ごとに、清明な玉(宝石)が付いている。

従って、一つの玉には、他の玉が皆そっくり映っていて、どの玉にも他の玉が映っている。
その多くの他を含んだ玉が、またお互い映り合っている。

即ち、一つの玉に全ての玉が映って、映り合い、映り合いして、重々無尽に映り合っている。
この世に存在する個々のものはすべて、あたかもこの因陀羅網の個々の玉のように、
この世界中の一切を含み、諸々の因縁が結合してできているのである。

万物が皆お互いに支え合って存在しているのであって、孤危独存しているものは一つも無い。
更に言えば、私という一人の人間は、多くの人々に支えられ、また無限の過去からの色々な因縁が結合して存在しているのである。

私はこのようにして特定の個でありながら、そのまま全体である。
『如々庵 芳賀洞然老師 著』抜粋】


私が「神の力 その2」で描いた、ハイヤーやインナー達が無意識界で行き来し、奥底で全てがうまく行くようにタイミングを図ってくれているイメージは、この話の影響が根底にあります。

なので「だらだら寝ること」が心からの望みだったら、その行為が、この世界を円滑に動かすために大事なピースなので、ハイヤーやインナーたちが「今は休んで、寝てくれ」と言っているのです。

ハイヤーやインナーからもたらされた欲望(サイン)が、全人類が安全で快適に動くことが出来るようにする信号システムと想像してみてください。

それは霊的交通整理のようなものです。

現代では、あまり高次の信号を見ず、危険運転している車(肉体)がいっぱいって感じで・・・かなり、危険な世の中???(^_^;)

私達が、高次の自分が導くサインを無視(信号無視)し、霊的事故があったりして(どんなんや?(笑))人生がドワッと脇にそれても、高次たちは瞬時に判断し、その瞬間用意出来る最適な脇道を用意し、出来るだけ速やかに、人生の本道に戻すように準備してくれるでしょうけれどね。

このように、心からの望みの実行は、自己中ではなく、全人類のためになると思いませんか?!

自分の欲望や希望を優先させることに、わがままだとか、罪の意識を持つような思い込みがあって、エゴも「休んでる場合じゃない」とか「自分の気持ちを優先したら人間関係が悪くなる」など、いろいろ脅しをかけてきます。

ただ、直感中心の行動に切り替え始めると、今まで、あなたの犠牲で安定していた幻が崩壊しはじめます。
義理で付き合っていた人や、『自分勝手だ』と意義を唱える人たちが、一時的に離れていくかもしれません。

そこが、勇気の使いどころです。

『直感や、心からの望みは、誰も傷つけず(本当の意味で)必ず素晴らしい結果をもたらす』と信じる勇気です。

本当の望みでさえあれば、人間関係が現実でちょっと疎遠な感じになっていても、ハイヤーやインナー同士は憎み合うことはなく、裏で仲良く話合っていますので、大丈夫だと信じてください。

多くのスピリチャルな本や、因陀羅網(いんだらもう)の寓話の中でも語られていますが、周りの人達(珠)は、鏡のように、私達の放つ不安や罪の意識の光を反射しているということです。
周りがあなたを責める場合、自分が自分を責めているというのを映し出してくれているとうことらしいです。

因陀羅網(いんだらもう)風に言うと、自分がまず美しい光りを放射すれば、他人の珠にも美しい反射が無限に反射され伝わって行き、またそれが自分にも返ってくるという寸法です。

事実、高次自己が私達の望みを叶えるやり方は、無理なく、誰も傷つけることなく、とんとん拍子に進むことが多いようで、高次たちの裏での根回しが完全に終わってから、私達がサインにしたがって動くと、びっくりするほどすんなり行く現象の話をよく聞きます。(信号が全部青ってことですね)

反対に私達が現実で「気(エゴ)が急くから」といって無理に努力すると・・・糊の中を進むみたいに、うまく回らないらしいです。(頼むからそっちに行ってくれるなと、赤信号が出てばっかりで止められてるんでしょうね(笑))

私達は全て、奥底ではつながっていて、ハイヤーやインナーたちは、その全情報を駆使し、私達を導くサインを送り、タイミングを合わせてくれています。それは見事に!

インナーセルフと付き合いだした方は、そんな小さな奇跡を日常で感じることが増えるようです。

私達は、何者か特別な者に成る必要もなく、能力を磨かないでも、今の自分のままで、ハイヤーやインナーに繋がっていています。

自分に浮かんでくる夢や希望、大きな願いから、小さな願いまで(一見くだらない願いであっても)、全て高次存在がもたらす人生の羅針盤なのです。

自分の願いや夢、希望=自分の高次存在がもたらす情報だと信じ、行動し続ければ良いのです。

これが私がやっとみつけた、自信のもちどころでした。


P.S「神の力」は、しばらくお休みします。書きたいネタが目白おしている&次の「神の力」のネタに予定している「この世界には私一人っきり…後はみんな3Dの幻」の理解を熟成します。(難しくって…苦笑)

tsuneminさま、hinyaさま拍手コメントありがとうございます。
インナーさんの交流の成果や、長文でも読んでくださるとのお言葉は励みになります。

今回の話は、一端3分割にしてみたり、最終的に大きく削ったりと、難産だったので・・・本当に助かりました!ありがとうございます~!
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